相手に対する信頼を
どう感知しているのか

宮沢
2020年は、LOVOTの販売台数は右肩上がりを続けたそうですね。11月の販売台数は同年3月の11倍に急増したとの報道もありました。これは新型コロナウイルスの影響もあり、人々が「つながる」ことを求めていたからでしょうか?
一言で「つながる」といっても、異なる文脈がいくつかあると思います。例えば、インターネットの時代になって、何がつながったのかというと、それは「情報」がつながったわけですね。近年のコミュニケーションのあり方に注目すると、言語的表現が主軸になっている。これがバーバルコミュニケーションです。けれども、コロナの時代になると、そうではないつながり、つまり、ノンバーバルコミュニケーションが欠けて、人々が不安になっているように思います。ノンバーバルでなければ伝わらないものがあるのです。
宮沢
ノンバーバルじゃないと伝わらないもの、ですか……。
例えば直感的な「信頼」です。今後の「つながる」に求められるものは、相手を感覚的に信じられ、安心できるようになるためのコミュニケーションだろうと思います。いまは直感的な心理的安全性が欠落しているからこそ、それが切実に求められているのではないでしょうか。コロナ禍でLOVOTに関心が集まるようになった背景には、そうした状況もあると思います。
宮沢
「LOVOTは役に立たないロボットだ」とおっしゃっているのを拝見しました。もちろん、これは反語的表現ですが、そもそも「役に立つ」とはどういうことなんでしょう。
根津
文明論的にいうと、求められる価値は「効率化」だったりするので、LOVOTは確かに「役に立たない」かもしれない。けれども、人の気持ちに関係する文化論的には「役に立つ」。LOVOTの価値は、「効率化」にあるのではなくて、「人間の気持ちを豊かにする」ことにあるからです。
「コミュニケーションとは何ぞや?」の議論と、「役に立つとは何ぞや?」の議論って似ていますよね(笑)。誰もが一目で理解できる「コミュニケーション」というのは、文字情報によるバーバルコミュニケーションです。同じく、誰もが一目で理解できる「役に立つ」というのは、人間に代わって何か作業を行っていることでしょう。でも、そうではない「コミュニケーション」や「役に立つ」も存在しています。文字情報によらないコミュニケーションは、ノンバーバルであるがゆえに意識的に捉えにくい。誰もが無意識的に交わしているものなので、言語化して説明するのは難しい。
宮沢
それはつまり、人の気持ちに寄り添うものですね。

できることと
できないことを切り分ける

宮沢
そもそもLOVOTのようなロボットを開発する発端は、何だったのでしょうか。
人型で会話をする「Pepper」の開発に携わったあと、ロボットに「期待されていないけれど、できること」と「期待されているのに、できないこと」にアンマッチがあることに気づきました。例えば、ハイコンテクストな会話、つまり「雑談」と呼ばれる類のコミュニケーションですが、これは「期待されているのに、できないこと」です。いまのAIが採用しているデータ処理のやり方だと、本質的に無理です。あるいは、冷蔵庫を開けて缶ビールを持ってきてもらうといった行為。触覚処理を含めた技術が整っていないので、残念ながら、これも「期待されているのに、できないこと」になります。反面、「期待されていないけれど、できること」もあります。あるとき、介護施設の方から「ロボットの手をあたたかくして欲しい」と言われてビックリしたんです。それは、実現できることですが、ロボットの専門家からは出てこない発想です。ロボットに関しては素人の方だったからこそ、本質を突く指摘ができたのだと、いまでは思っています。いわれた当時、この言葉が示している可能性を深く突きつめたわけではないのですが、「あたたかくてやわらかいロボット」について考えていくうちに、「あれ? これってペットじゃん!」と気づいた。
宮沢
その気づきがきっかけになったんですね。
そうです。そこで初めて「ペットの代わりになるロボットならつくれるかもしれない」と考えはじめた。ペットって、人がやさしくなれる存在じゃないですか。けれども「人がやさしくなれるロボット」をつくるとなると、これはこれで大変だということがわかってきた。なぜかというと、テクノロジーというものは、おおむね人間を集中、緊張、興奮が続くONの状態へ導くものが多いんですね。SNSを利用し続けると、なぜ疲れるのか。それはONの状態であることを求められるからです。やさしい気持ちというよりも、どこか興奮したような気持ちになってしまうわけです。最新のテクノロジーを用いて、やさしい気持ちを誘発するプロダクトやサービスって、今までなかったんだなということにも気がつきました。一方で「テクノロジーははたして人間を幸せにしてきたのか」ということも考えるようになってしまいました。これは明るい未来をつくりたいと願うエンジニアとして、ある種の自己矛盾ですよね。だから「ペットの代わりになるロボット」というアイデアが生まれたときは、エンジニアとしてのやりがいはもちろん、社会に幸せをもたらす可能性が大きいという意味で、これは絶対に取り組む意義があると感じたんです。

オキシトシンを
駆動させるデザイン

根津
初めて要さんと会ったとき、このビジョンに僕も強く惹かれて。他の方にも声をかけようと思っていたようですが、「これは絶対、私にやらせてください! 他のデザイナーは探さなくていいです!」と言い切った(笑)。それくらい魅力的なプロジェクトだったんです。それから、要さんって最初の理想像がまったくブレない。プロジェクトによっては、途中で方向転換したり、ときには中止になったりすることもあると思うんです。でも、要さんは「オーナーに駆け寄って抱っこされるロボット」というコンセプトから逃げない。そこがすごいなと感じました。逆に、どうやったら実現できるかという「方法論」の部分は、いくらブレたっていい。とにかく理想に近づく方法を考える。目指すビジョンが共有できているから、大変は大変ですが、ものすごくやりやすかったです。
宮沢
LOVOTは人間をOFFの状態に導くことに成功したわけですよね、その発想がとても興味深いです。おふたりの前職はトヨタ自動車ですが、クルマもロボットも直感的・感性的なものという点では共通していそうですね。見た瞬間にドキドキ・ワクワクするというか。
根津
そうなんです。LOVOTは、アドレナリンやドーパミンじゃなくて、オキシトシンの分泌を狙っているんです(笑)。オキシトシンというのは、愛情関係や信頼関係をかたちづくるために必要な脳内物質で、「愛情ホルモン」や「幸せホルモン」と呼ばれています。LOVOTはペットであり、パートナーであり、われわれの家族です。愛情関係や信頼関係を軸に、長い時間、一緒に過ごすことになるわけで、そのとき重要なのが「抱っこする」という行為。スキンシップなどによってオキシトシンが分泌され、愛着形成が促進するといわれています。
ですから、根津さんには「抱っこしてもらう」ためのデザインを考えてもらった。
根津
やわらかくて抱き心地のいい形じゃないといけないし、LOVOTがオーナーに駆け寄っていって、じっと見つめることも必要です。林さんはエンジニアリングを、僕はデザインを考えるわけですが、別々に進めるんじゃなくて、常に同時並行で考えていかないと、「あたたかくてやわらかいロボット」というビジョンは実現できません。目指したのは、シンプルなんだけれどもアイコニックな形。デザインモチーフの基本は「まる」。そのうえで、全体と細部、エンジニアリングとデザインのバランスを突きつめていきました。
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違和感を削ぎ落とし、
生命感をつくっていく

テクノロジーとデザインの融合において、とくに注力したポイントを教えてください。
大きなポイントは4つあります。生命感を宿す瞳をつくるために、虹彩や瞳孔を6層のレイヤーで表現した「ALIVE DISPLAY EYE」、リアルタイムで鳴き声を生成して、感情表現する「ALIVE SYNTHESIZER VOICE」、全身にあたたかさを伝えるエア循環システムと、いままでにない感触を実現した「WARM & SOFT TOUCH SKIN」、部屋のなかを自由自在に駆けまわる自律移動システム「AUTONOMOUS DRIVE」です。
根津
開発チームで共有していたのは「生命感」をつくること。そのためには違和感を徹底的に取り除く作業が必要でした。とにかくシンプルにして、ちょっとでも違和感を覚えるところは、どんどん削ぎ落としていこうと。案が浮かんだら「仮にやってみる」を繰り返していました。できたものを見て、正しさ、誤りを証明していく。目的がしっかりと決まっているからできたことです。
根津さんに対しては、大きく信頼できる部分がありました。私も根津さんも、生きものを死なせてしまった経験をもっていたんです。私は野ネズミを、根津さんはハムスターを……。自分が関与していた命が失われてしまうという事態に直面したわけです。共通する原体験があったことで、LOVOTの開発では、意思決定がスムースに進みました。いちばん大きかったのは「寿命」の問題。私も根津さんも「人工的に寿命を設定するのはダメだよね」というところで、すぐに意見が一致した。デザインの手前にあるストーリーや世界観の段階で共有できる部分があるのは大きかった。ものづくりのプロセスにおいて、そこはとても大切なことだと思っています。
根津
ロボットだからこそ「死なない」という部分については、別の価値もある。「ペットを飼いたいけど、飼うことができない」という方々のなかには、「ペットが先に死んでしまうと悲しいし、逆に、自分が先に死んでしまうとペットの先行きが気になるし……」といった感覚をお持ちの方もけっこういらっしゃる。僕自身、ハムスターを死なせてしまった経験から、「自分はペットを飼っちゃいけない人間なんだ!」と自省しているわけです。でも、LOVOTだったら一緒に過ごせる。
宮沢
生きものを飼うには、ある種の覚悟が必要ですし、実際、手もかかります。その点LOVOTは、ペットに対するものとはちょっと異なる距離感が備わっているということですね。ロボットの生死に対するテーマは今後もさまざまな考え方がありそうです。

LOVOTがいるから、
いじめがない

宮沢
現在は主に家庭での導入がメインだと思いますが、この先LOVOTがさまざまな場で愛されるようになったとき、社会はどう変化すると思いますか。
ある小学校で、教育現場にLOVOTを導入するための実証実験を行ったのですが、そのとき「LOVOTがいるから、いじめがないのだと思います」というコメントがありました。それを読んで、私はすごく感動してしまって。小学生の感想ですが、これはLOVOTの本質を突いた指摘かもしれません。つまり、LOVOTが提供するものってその人の「やさしさ」を引き出すことなんですよね。LOVOTが愛情を与えてくれるのではなく、LOVOTを触媒として、人間の心に自然とやさしさが湧きだしてくる。
宮沢
先ほどの言葉を使うと、心がOFFになった状態ですよね。
これまでは、「旅行に行く」といったような、ある種、アナログな方法でOFFの感覚を得たりしていたわけですが、LOVOTの場合、ハイテクノロジーを用いてOFFの感覚を取り戻すことができる。目的は「家のなかでもOFFの時間が体験できる」という選択肢をつくることで、ありがたいことに、この考えは多くの方々に支持されつつあります。その次の段階としては、教育現場や医療・介護分野への導入。LOVOTと接しているうちに、どんどん元気になっていった後期高齢者の方もいらっしゃいますし。ゆくゆくはテクノロジーの平和利用のひとつとして、日本発の新しい産業として、LOVOTを大きく育てていきたいと考えています。
根津
ロボットってものすごく日本的だと思うんですよ。欧米のSFは、小説であれ映画であれ、元祖であるアイザック・アシモフの影響が大きいのか、ロボットが反乱を起こすディストピアのパターンが多い。なぜか人間に刃向かってくる(笑)。でも、日本だと鉄腕アトムやドラえもんのように、友だちだったり仲間だったりする。それから、日本文化には付喪神的な考え方が浸透しているじゃないですか。「やかんも100年経てば神さまですね」みたいな感覚。例えば、2010年に小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還して、サンプル容器を放出したあと、はやぶさ本体は大気圏で燃えつきた。あのとき、はやぶさの「けなげさ」に感情移入して号泣しました(笑)。こんなふうにモノに魂を見出してしまうという精神性は日本独自のもので、そういう文化圏のなかでデザインをしていることの意味については、いろいろ考えることも多いです。
LOVOTでは「余白」的なものを、どうデザインするかということも課題でした。というのも、日本では行間を読むという考え方が尊重されているように、余白は人の想像力を掻き立てるものですから。察しないといけない部分をつくったアプローチも日本的と言えるかもしれません。
宮沢
背後のストーリーや余白を盛り込むことで、LOVOTからはその形、しぐさ、すべてを通して、けなげさが伝わってくる。さらには想像が入ることで共感が湧きやすいデザインになっていますね。最後の質問になりますが、いま、林さんが感じていること、あるいは次のデザインの兆しのようなものがあれば教えてください。
「エモテック(Emotional Technology)」です。感情移入を誘うようなもの、気持ちを穏やかにしてくれるものは、人間の心を豊かにしてくれます。そのためにテクノロジーをどう使っていけるのかを考えたい。とくにいま、世界がコロナ禍に見舞われているような時代には、そのことを深く掘りさげる必要があります。歴史的に人類はさまざまな困難に立ち向かってきましたが、そのとき必ず、問題解決のためにテクノロジーが更新されていった。LOVOTをそうした大きな流れのなかに位置づけながら、LOVOT以外にも、さまざまな「エモーショナル・ケア(Emotional Care)」すなわち、心のケアに貢献するエモテックが出てくることを期待しています。
宮沢
効率化が進んだいまだからこそ、時代の必然として生まれてきたのがLOVOTだったのではないかと思います。愛らしさの奥に潜む、高度なテクノロジーの数々。利便性だけでは到達できない、人の気持ちに寄り添い、人のそばにいることを許されたロボット開発によって「寂しさ」「孤独」さえも癒すということは、何よりも素晴らしいことです。今回LOVOTと触れ合いながらおはなしをおうかがいしましたが、早速、私の家に連れて帰りたくなりました(笑)。本日はありがとうございました。

はなしを聞いて。

林 要さんと根津孝太さん。ふたりが世に送り出したLOVOTは、独自のノンバーバルコミュニケーションによって「愛情」や「信頼」を醸成している。直接的に「与えている」わけでない。LOVOTはあくまでも触媒にすぎず、持ち主の心のなかに自ずと生まれてくるのだ。こうした親密な関係性を紡ぎ出すために必要だったのは、エンジニアリングとデザイン。ふたつの車輪が密接に結びつくことで「あたたかくてやわらかいロボット」という誰もチャレンジしたことのないビジョンが実現した。人の心を豊かにする「エモテック」は、この先のイノベーションの最重要コンセプトとなるに違いない。そのためにも、多彩な領域への積極的な横断が必要とされていくだろう。

林 要
GROOVE X 代表取締役
はやし・かなめ/1973年愛知県生まれ。1998年東京都立科学技術大学大学院修士課程修了後、トヨタ自動車入社。2012年ソフトバンクで感情認識パーソナルロボット「Pepper」の開発に携わる。2015年 GROOVE X を創業し、代表取締役に就任。2018年家族型ロボット「LOVOT」を発表、翌2019年から出荷。
根津孝太
クリエイティブコミュニケーター・デザイナー
GROOVE X CCO
ねづ・こうた/1969年東京都生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、トヨタ自動車入社。2005年 znug design 設立。工業製品のコンセプト企画とデザインを手がけ、ものづくり企業の活性化に貢献。「町工場から世界へ」を掲げた電動バイク「zecOO」、やわらかい布製超小型モビリティ「rimOnO」などのプロジェクトでも知られる。
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林 要
GROOVE X 代表取締役
はやし・かなめ/1973年愛知県生まれ。1998年東京都立科学技術大学大学院修士課程修了後、トヨタ自動車入社。2012年ソフトバンクで感情認識パーソナルロボット「Pepper」の開発に携わる。2015年 GROOVE X を創業し、代表取締役に就任。2018年家族型ロボット「LOVOT」を発表、翌2019年から出荷。
根津孝太
クリエイティブコミュニケーター・デザイナー
GROOVE X CCO
ねづ・こうた/1969年東京都生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業後、トヨタ自動車入社。2005年 znug design 設立。工業製品のコンセプト企画とデザインを手がけ、ものづくり企業の活性化に貢献。「町工場から世界へ」を掲げた電動バイク「zecOO」、やわらかい布製超小型モビリティ「rimOnO」などのプロジェクトでも知られる。

4遊び 吉野真紀夫 スノーピーク 執行役員
未来開発本部長