職住分離の規範から
どう逃れるか

宮沢
ソーシャル・ディスタンシングが提唱され、それにともなって、都市部ではリモートワークが推奨されましたね。
山下
たしかに一部では「コロナ禍によって働き方が一変した」という指摘があります。ただ、私の見立てでは、これまで潜在的だったものが顕在化しただけだと考えています。リモートワークを含め、いずれそうした社会になるだろうと思われていたことが、一気に加速したわけです。実際、コロナ禍以前から、オフィスをもたず、オンラインのみで仕事をする企業や人は存在していました。私も今日、会社に来るのは3カ月ぶりです(笑)。
宮沢
もしかして、この取材を受けるためにわざわざ出社された、ということでしょうか。
山下
そうです。私の場合、出社するパターンとして、お客さまにお会いするケースが圧倒的に多い。コロナ禍もあまり関係なく、もともと出社しなくても仕事ができる働き方にシフトしていました。
宮沢
そうでしたか、ありがとうございます。そうすると、ご自身のことを振り返ってみても、コロナ禍で働き方が変わったという意識はほとんどないですか?
山下
一般論でいえば、とくに日本の場合、いまは過渡期だと思います。近代社会においては「職住分離」が基本で、都市自体がそれにもとづいて設計されています。つまり、都心には「職場」が、郊外には「住居」が配置されている。いまも多くの人々は、こうしたシステムに縛られていますから、突然、「家で仕事をしてください」といわれても困ってしまいます。職の空間と住の空間がきっぱり分けられているということは、住居に仕事をするための空間や機能が存在しないことを意味しています。現状、リモートワークをめぐる大きな課題はそこにあります。
宮沢
山下さんは、ご自宅にワークスペースを設けていらっしゃるのでしょうか。
山下
いえ、典型的な都心のミニマム住居なので、ダイニングテーブルで仕事をしています。なので、オンラインミーティングをすると、私の背後に電気ケトルや果物などが見えているという状態です(笑)。リモートワークの課題をもうひとつ挙げると、国や地域のほか、会社の「文化」によって左右される部分が大きいことでしょう。文化人類学者のエドワード・ホールが提唱した考えに、ハイコンテクスト・カルチャーとローコンテクスト・カルチャーという区分があります。前者は、言葉以外の情報を酌みとることが求められる文化で、ホールは例として日本社会を挙げています。つまり「空気を読む」とか「忖度する」とか「察する」とか、そういった技術を身につけていないと、社会の構成員として務まらない。ほとんどの日本人は思い当たる節があるのではないでしょうか。後者は、言葉のやりとりだけでコミュニケーションが成立する文化。これについてはドイツ社会が挙げられています。
宮沢
世代や職種によると思いますが、「リモートワークは苦手」「オンラインミーティングがつらい」という声が、けっこう聞こえてくる気がしていて……。そうした事態は日本の文化的な影響も大きかったのですね。なるほど、オンラインだと空気が読めません。
山下
これからは、リモートワークに象徴されるような分散型の働き方に移行する可能性はかなり高いです。そうしたとき、言葉でどうコミュニケーションをとっていくかが課題ですね。

コロナ禍でABWが加速していく

宮沢
分散型の働き方について、もう少し詳しく教えていただけますか。
山下
分散型、つまり時間と場所を自分で選択・管理する働き方のことを、最近はABW (Activity Based Working)と呼んでいます。時間については、時短勤務やフレックスタイム、あるいは週休3日制の導入など。場所については、オフィスでのフリーアドレスとサテライトでのリモートワークが組み合わされています。こうしたワークスタイルは1990年代のオランダで生まれました。これをそのまま、ハイコンテクスト社会である日本でも実現できるのか。男性の育児休暇と同じく、まずは「空気」をつくるマネジメント層が率先して取り組まないと、その下で働く部下は実行しないという事態が起こります。
宮沢
コロナ禍の影響で、政府も社会も分散型を強く後押しするなか、ミレニアム世代の20代や30代は分散型を歓迎する傾向がありますよね。オフィスに来てほしい上司と、オンラインですませたい部下、といった感じで、世代間の分断もまた、コロナ禍を経験して、目に見えるかたちになったのかもしれません。
山下
いくら抗っても分散型の流れは加速する一方ですから、対面型のリアルに固執するやり方は、早晩、過去のものになるでしょう。しかし、そんなふうに簡単にはいえない領域もある。企業文化の根幹にイノベーションを据えている会社です。具体的にはシリコンバレー。GAFAに代表されるようなアメリカ西海岸系の企業は、大規模なチームを組んでサービスを開発していきますから、とにかく全員が熱狂的な姿勢でプロジェクトに取り組まなければならない。メンバー全員が四六時中コミュニケーションをとることで、サービスの精度を高めていく。誤解を恐れずにいってしまえば、企業側としても、社員には家に帰ってほしくないわけです。ずっと社内にいて、開発にとことん身を捧げてもらいたい。そのぶん、カフェテリアが充実していたり、スポーツジムや託児所を併設していたりする。
宮沢
そのはなしはとても意外ですね。イノベーションを起こす企業は、働き方においても先進的なイメージがあるので。なるほど、この場合は職住分離ではなく職住混合ですね。
山下
分散型の働き方を目指すには、ローコンテクスト・カルチャーが適していますが、分散型を可能にする技術やサービスを提供している企業は、ハイコンテクスト・カルチャーのなかで全員一丸となって熱狂的に働かなければならないという逆説がある(笑)。しかし、そうはいっても、いまはコロナ禍で出社できなくなっているわけですから、分散型であっても、ハイコンテクストな状況や、あるいは「熱狂」をつくり出す必要性が出てきた。対面型のリアルがもはや成立しないのであれば、テクノロジーで補完するしかないわけです。ただ、それに対する正解はまだ出ていなくて、だからみんな困っているんですね。

雑談は無駄な要素なのか

宮沢
そもそも、ハイコンテクストなオフィスで、最も機能していたものって何だったのでしょうか。
山下
不要不急の「雑談」です。例えばキッチンや休憩室のようなスペースで、たまたま同期と会って、「最近どうしてるの?」とか「こんなアイデアがあるんだけど、どう思う?」といった他愛のない会話を交わす。そうしたものの集積がイノベーションにつながるきっかけをもたらしていた。じゃあ、オンライン上で「どうでもいい会話」ができるのか。例えば、音声配信型SNSの「Clubhouse」が提供しようとしているのは、オフィスにおけるキッチンや休憩室、あるいは通路の角のような「非公式な空間」のように思います。さらにいうと、オフィスには「コミュニケーションをコントロールできない」という側面もある。一例として、集中しているときに誰かから話しかけられて仕事が中断してしまうことがよくありますよね。そういうかたちで乱暴に情報やノイズが入ってくる状況というのは、むしろオフィス空間ならではのメリットと捉えることもできる。近接性を高めていくことで、さまざまな情報が流入しやすくなり、アイデアのきっかけが生まれる可能性がもたらされるわけです。
宮沢
このはなしはデザイナーとして共感できます。ローコンテクストなリモートワークだと、そうした状況をつくるのは難しいですよね。
山下
自分でフィルターをかけることができますからね。心地よい情報だけを自分で選んで取り入れてしまう。いわゆるフィルターバブルと呼ばれる状態です。そこではハイコンテクストなオフィスであったような乱暴に情報やノイズが入ってくる状況は生まれにくいですね。
宮沢
これまでのおはなしをざっくり整理すると、今後、分散型の働き方は不可逆的に進展することは間違いない。そのとき、従来のオフィスにあったようなハイコンテクストなコミュニケーションをテクノロジーでどう補完するかという課題がある。とはいえ、オフィス空間が完全になくなるとも思えません。分散型の働き方が浸透したとき、オフィスの意味も変わっていきますよね。
山下
オフィスのプレミアム化が進むでしょう。これは「わざわざ足を運ぶ意味が見出せる空間かどうか」ということです。オフィスに求められる機能を、「BASIC」というかたちで整理しました。生産性向上を担う「Booster」、企業文化の共有やチームビルディングなど精神的報酬を担う「Authenticity」、プロトタイピングや社員教育など特殊用途を担う「Speciality」、ビジュアルシンキングやワークショップなど多対多のコミュニケーションを担う「Interaction」、新規事業の開発や商談など機密機能を担う「Confidentiality」。この5つの頭文字をまとめた「BASIC」が未来のオフィスを考えるうえでのガイドになると思っています。オフィス自体の存在が、無条件に毎日通う場所から、役割がより限定されることで、ABWも進めやすくなるはずです。
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セルフマネジメントが
求められる時代

宮沢
時間も自由、場所も自由というと、仕事をめぐる環境や条件はどんなふうに変わっていくのでしょうか。
山下
働き方の土台が、ハイコンテクストからローコンテクストへ移行することはお話ししたとおりですが、その背景には、終身雇用の限界により、各自の役割がメンバーシップ型からジョブ型になるということも影響しています。社員はより自律的なセルフマネジメントが求められ、結果として、それは役割給や成果主義へとつながります。個々人は、能力や技能を磨き、自分のやりがいやセーフティネットとして副業や兼業に精を出すことになるでしょう。以前より、個人の仕事を支えるデジタルプラットフォームは充実してきているので、いっそう動きが加速することは確実視されています。
宮沢
オフィスのプレミアム化が進むとともに、ミレニアル世代が社会の中心になれば、分散型の働き方は浸透し定着していきそうですね。働く場所も従来のような固定化されたオフィスではなく、さまざまな場所を使い分ける「ワークプレイス」という意識になっていきそうです。
山下
すでにその傾向が出てきていますよね。職住分離の時代は、ファーストプレイスが自宅で、セカンドプレイスがオフィスといった単純な図式で説明できました。しかし、ここ10年くらいで、サテライトオフィスや自宅、あるいはカフェでリモートワークをしている人はどんどん増えている。
宮沢
通信回線がより多くの情報を届けられるようになると、通信が介在していることに気づかないくらい、ものごとの解像度が上がります。その結果、遠隔なのに実際に会っているかのような体験が実現するでしょう。この先、香りや触感を突き詰め、UIがより無意識的に使えるようになることで、バーチャルは代替物ではなく、リアルな体験といえるようになるかもしれません。
山下
仕事が場所にどんどん依存しなくなるということですね。今回のコロナでは、仕事をはじめ、すべてが家に集中しました。職住が重なることの弊害として、家庭が職場化するという問題があります。家庭にはこなすべきタスクが山ほどあるというのに、そこに仕事まで入りこんでくると、すべてを自分ごととして引き受けなければならない。個人ですべてをやるのには限界があります。複数の家族でカバーしあう、シェアするなど工夫していく必要があるかもしれませんね。

「バーチャル通勤時間」が
必要とされる社会?

宮沢
シリコンバレーの企業とは対照的ですね。あちらは職場を家庭化しようとしていたわけですから。ところで、職住分離でいうと「通勤時間」というのは無駄のように見えて、じつは無駄ではなかったのかなと思ったりします。電車の場合は、車内で本が読めるし、自転車や自動車の場合は、仕事のスイッチが入ったり、自然にアイデアが浮かんできたという経験がありますから。職住混合で家庭が職場化すると、そうした時間も消えてしまいます。
山下
そういえば、Microsoft Teams に「バーチャル通勤時間」の機能が追加されるというニュースがありましたね。Microsoft Researchの調査で「通勤時間の思考は、仕事の生産性を12~15%向上させることがわかった」らしく、2021年から実装される予定になっているようです。バーチャル通勤時間を設定することで、タイムマネジメントやモードチェンジを可視化する試みなのでしょう。同様に、マインドフルネスを実行する時間も設定できるようになるそうです。
宮沢
習慣をデザインするという意味では、おもしろいアプローチですね。
山下
これから必要なセルフマネジメントとは、自分で自分をコントロールするということで、それを可能にするためには習慣化の意識が重要になってきます。とはいえ、習慣を身につけるのは、誰もが苦労するところで、それをテクノロジーがサポートするという発想は今日的だと思います。
宮沢
最後の質問です。いま山下さんが感じている、これからのデザインの兆しは何ですか。
山下
「パブリックとプライベートをひっくり返す」ことです。今後、確実に起こるのは、オフィスで過ごす時間が減り、自宅やサテライトオフィス、あるいは公共的な空間で過ごす時間はどんどん増えていくということ。いままでは自分がもっている意思や情熱、思考といった膨大なリソースを会社=オフィスに注ぎこんでいたわけですが、オフィスから離れる時間が増えることで「本当に自分がすべきことは何なのか?」とリフレクションの機会を得ることになります。それが、やりたかった仕事、趣味、そして住んでいる地域のことや家族のことなどオフィスに埋没していたワーカーの膨大なリソースが再配分される「パッション・エコノミー(情熱経済)」につながることを期待しています。つまり、仕事は食べるための義務的なパブリックなものではなく、自分自身が情熱を傾ける主体的でプライベートなものとしてキャラクターが変わっていくわけです。プライベートまで仕事で埋め尽くされるのかと思われるかもしれません。しかしABW先進国のオランダやオーストラリアで、なぜワークとライフがうまく噛み合っているかというと、まず個人に明確なライフイメージがあるからなのです。その点、日本の場合は仕事以外のライフがほとんどない人が多いため、いざライフ的な要素を取り入れようとしてもどうもバランスが悪い。ならば逆説的に、日本人はもっと働いたほうがいい。会社だけでなく、個人のスキルを活かしながら、複数の仕事、複数のコミュニティに身を投じていくことで、やりがいや生きがいが生まれてくる。そうした働き方のなかに充実した人生がかたちづくられていくのだと思います。
宮沢
自分のスキルを軸として、さまざまなコミュニティを持ちながら自らを形成していく。それは自分力が問われることにもなる。やりたい仕事が人生を豊かにしていくという点では、働き方改革というより、生き方改革ですね。いままで人生の多くの時間を捧げてきた仕事の意味が大きく変化するなか、テクノロジーの「豊かな活用」がさらに求められると思います。単純な効率化だけではない、人に寄り添うかたちでの活用が。そんな使命感をあらためて感じました。本日はありがとうございました。

はなしを聞いて。

豊富な事例を紹介しつつ、働き方の未来を示してくれた山下正太郎さん。コロナ禍の到来が「働くとはどういうことなのか?」という内省をもたらしたことを指摘し、働き方が加速度的に変化する現状を明確に分析してくださった。時間と場所を自分で選択し、管理する働き方は、有機的で流動的な生き方を生み出し「こう働きたい=こう生きたい」という主体性のあらわれへとつながる。あらたな働き方、働く場所のデザインは、そこから始まっていくに違いない。

山下正太郎
コクヨ ワークスタイル研究所 所長
「WORKSIGHT」編集長
やました・しょうたろう/コクヨ入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサルティング業務に従事。2011年、グローバル規模での働き方とオフィス環境のメディア「WORKSIGHT」を創刊。あわせて未来の働き方を考える研究機関「WORKSIGHT LAB.(現ワークスタイル研究所)」を設立。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザイン客員研究員を経て、現在、京都工芸繊維大学特任准教授を務める。2020年、キュレーションニュースレター「MeThreee」を創刊。
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山下正太郎
コクヨ ワークスタイル研究所 所長
「WORKSIGHT」編集長
やました・しょうたろう/コクヨ入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサルティング業務に従事。2011年、グローバル規模での働き方とオフィス環境のメディア「WORKSIGHT」を創刊。あわせて未来の働き方を考える研究機関「WORKSIGHT LAB.(現ワークスタイル研究所)」を設立。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザイン客員研究員を経て、現在、京都工芸繊維大学特任准教授を務める。2020年、キュレーションニュースレター「MeThreee」を創刊。

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